4か月間、クマのように冬眠してました。
どうも、くまのプーおじさんです。
さぁ、どうぞ。
行動のブレーキを取っ払う
なぜ人は行動したいのに行動できないのか?
なぜ行動にブレーキがかかってしまうのか?
あなたにもそのような経験ありませんか?
僕は、ブレーキかかることがたくさんあります(‘Д’)
行動できないのって、人それぞれ色々な原因や要因があると思います。
最近僕、行動のブレーキの一部を取っ払いました。
そんな実体験を、今回は書いていきたいと思います。
N国党風に言うと、行動のブレーキを、ぶっ壊~~~~す。(・ω・)ノ(゚Д゚)ノ
さて、僕には師匠がいるんですけど、(こっちが勝手に、一方的に師匠と思ってる)
かれこれ四年前くらいになるんですが、
その教えでこんなことがありました。
それは
【母親に、今までごめんなさい。僕のこと愛してくれてますか?
生んでくれてありがとう。】
を、言ってみなよ。
youゆっちゃいなよ。
とのこと。
………。
いやいやいや、それはちょっと無理でしょ。
今さらそんなこと言えないわ。
生んでくれてありがとうなんて言うの、めっちゃ恥ずかしいでしょうが(´・ω・)
そんなこんなで時がたち、今年に入りました。
この先も、こんなことを言うとは思ってもみなかったんだけどね……。
親に感謝と謝罪をしよう
師匠いわく、行動できない原因の1つとして、親からのブレーキがかかってる場合があるらしい。
何かをしようと思った時にかかる行動に対するブレーキのほとんどは、
親から与えられたものだといわれてるそうです。
無意識の領域で、親から与えられた判断基準があるみたいだ。
ん?(。´・ω・)?
なんのこっちゃって感じですよね。
具体的に説明すると、
例えば子供の頃から親に
『大人になって働きだしたら、必ず正社員になりなさい。正社員は安定してるから。間違っても自分で起業するなんて考えないこと。絶対に失敗するからね‼恥をかくようなことするな‼』
こうゆうことを言われ続けると、大人になったら正社員をめざす。
起業って、楽しそうだからしたいなーって思っても、
いや、失敗するからやめようってブレーキがかかってしまう。
本当は、良い自分も悪い自分も認めてあげたいはずなのに。
本当は、もっとチャレンジしたかった。危ないこともしてみたかった。
でも、それを許してくれなかった親に対してまだスネている、怒っているってこと。
なので、今までスネて怒っていたことに対して謝罪をし、
そして、ありがとうの感謝を伝える。
今はこの意味が分かるんですが、当初は全然意味がわからんかった。
だからって、これ言ってなにんなんの?
って感じでした。
それなりに、やりたいこともやらしてもらってたし、
迷惑もたくさんかけてたし。
んなこと言わなくても、心の中で感謝してるしって。
あ、誤解してほしくないんですが、親が悪いとかそうゆうんじゃないので。
親も、自分の親や周りの人にそのようなことを言われて育ってるんで。
子供のことを思って言ってるのがほとんどだと思うし。
んで、最近実家に帰りました。
どうなったと思います?
Doなった?
涙がとまらない
その日は、夜の11時30分頃に実家に到着しました。
実家の合鍵は持っているので、そっとカギを開けて家の中に入る。
もう夜も遅いんで、電気は消えていて、母親も寝ていました。
久しぶりの実家。
2階に上がって自分の部屋に入ると、布団がしいてあった。
冷房もつけてくれていた。
なんだか、ほっこりした。
次の日の、昼前くらいに母親が部屋に入ってきて
母親:『お帰りなさい。昨日は遅かったの?もう寝てたわよ。』
自分:『…まーね。』
母親:『ご飯できてるから、食べたくなったら降りてきなよ。』
自分:『ん、あー。』
昔から、そんなに母親とは話さないので、素っ気ない会話だ。
下に降りると、ご飯が用意されている。
テレビがついてたんで、それをボーっと見ながら、
いつあの言葉を言おうか、ご飯を食べながら考える。
考えれば考えるほど緊張してくる。
母親は食器を洗いながら
母親:『向こうでは頑張ってるの?』
自分:『ん、まーね。』
母親:『ちゃんとやってけてるの?』
自分:『ん、まーね。』
心臓がバクバクで、会話があまり入ってこない。
そもそも、あの言葉を言う必要があるのか?
別に、強制的にやれって言われてるわけじゃねーし。
また今度にしようかな。
現実逃避を考えはじめる。
いやいやいや、今日言わないと、一生言えない気もする。
頭の中で、天使と悪魔が戦っていやがる。
ご飯も食べ終わって、NHKのよくわからん番組をボーっと見続ける。
母親:『テレビ見てないなら消すわよ。』
自分:『いや、見てるし。』
いや、全然見てない。
沈黙が続く。
テレビの音だけが、小さく流れている。
やっぱり今日言うぞ。
サラッと言って終わりにしよう。
ようやく覚悟を決めた。
洗濯物をたたんでる母親に
自分:『ちょっと話したいことがあるんだけど。いい?』
母親:『なになにちょっと~?怖いんだけど。』
四人掛けのテーブル席、目の前に座ってもらう。
もう逃げられない。
自分:『んーとね、』
しっかりと母親の目を見て
『今まで育ててくれて、そして、生んでくれて、どうもありがとう。』
ペコリと頭を下げて
よし言えたぞって思いながら、頭を上げて母親の顔を見た瞬間
涙があふれ出てきた。
とっさにテーブルの上のティッシュを数枚取って、目にあてた。
ヤバい。
涙が全然止まらない。
なんだこれは?
そんな姿を見て心配したのか
母親:『どうしたの?なんかあったの?』
こう聞いてきた。
でも、涙で声が出せない。
ただただ下を向いて、首を横に振ることしかできない。
しばらくこの状態が続き、ようやく涙がおさまってきた。
謝罪と、愛してくれてるを言わなきゃと思っていた時
母親が、涙声でこう言ってきた。
『生きてるときに言ってくれてありがとう』
って。
あかんよ、その言葉は。
またまた涙がとまらなくなってしまった。
なにも喋れない。
こんなにも涙を流したのは、生まれて初めてだ。
数分後、ようやく涙もおさまってきた。
なんだか、めちゃくちゃスッキリした。
目の前が明るくなって、心が軽い感じになった。
自分:『急にゴメン。何かあった訳じゃなく、ただ伝えたかった。』
母親:『そっか。ありがとう。』
その後、母親に自分のやりたいことを話した。
今までは、否定されるのが分かっていたから向き合うことをしてこなかった。
でもこの時ばかりは、しっかりと向き合って話しをしました。
こんなことは、今までで一度もなかった。
そして、ハッキリと分かったことがあります。
親は最強の味方だってこと。
なんか、なんでもできそうになりました。
まとめ
今回、これを実行した理由なんですが、
行動のブレーキを取っ払うってことより、後悔したくなかったからです。
恥ずかしくて言いづらいけど、言葉にして伝えたかったから。
結果、ブレーキも取れました。
親と仲が良いですか?
それとも仲が悪いですか?
どっちにせよ、この言葉を言ってみてください。
生んでくれて、どうもありがとう(^_^)
って。
なにかが変わりますよ。
長文のお付き合い、ありがとうございました(‘ω’)
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